こんばんは。
発達障がい人の大北です。
沖縄にあるコミュニティ"Sango"に所属し、
安心の中で喜びを分かち合える
暮らしの場を仲間とともに育んでおります。
「神への献身」という映画を先日見ました。
実話に基づく映画だったのですが、
とても素晴らしい映画でございました。
「こんな世界を実現したい。」
そう決めた瞬間から、
その人の物語は始まっていて。
どんな問題が起こったとしても、
信じる心を決して忘れず、
全てを糧として突き進む姿に、
とても影響を受けました。
"献身"という言葉は、
僕たちの学びの書である遺伝子易経の中にもあります。
遺伝子易経29番。
心の闇:中途半端、天の才:深い関与、天の光:献身
です。
やると決めた物事に対して、
僕たちの姿勢は2つしかないことを、
この番号は示唆しています。
"中途半端"か"深い関与"か。
確固たる深い関与がそこになければ、いかなる行動にも価値はありません。好き嫌いに関わらず、何かを中途半端な気持ちで始めるならば、何もしない方がましです。
『遺伝子易経』29番より
1つ1つの物事に対して、
どんな気持ちで取り組んでいるのか?
それは大きな夢だけでなく、
日々のこともしかり。
掃除や洗濯、大工仕事に、人とのコミュニケーション。
どれ1つ取っても、
中途半端にやるくらいなら、
やらない方がまし。
なんと刺激的で清々しい真理。
そして深い関与の力がすごい。
一度、深い関与がなされれば、
あとは目的地までは自動操縦。
一旦、深く関与すれば、将来や目標について考える必要はありません。なぜなら、深い関与の中に、既に到着地点の青写真が含まれているからです。(中略)
29番の天の才にとって、目標達成は重要ではありません。本当に重要なことは、旅路の終着地点まで進み続ける深い関与です。
『遺伝子易経』29番より
計画も将来設計も必要ない。
深い関与さえあれば、必要な場所にたどり着くことができる。
だからこそ、
試されているのは信仰心。
"自分=内なる神"を信じる心なのです。
絶対に大丈夫。
すべては宇宙の采配で、
うまくいっている。
そう信じれるかどうか。
そして僕たちを様々な出来事を通じて僕たちを試すのもまた、
内なる恐れ。
中途半端になってしまうのは、
心の奥にある恐れに気づかないからなのです。
昨日、ある出来事について、
自分の中に躊躇が生まれました。
それは、
Sangoの出費に関わる出来事で、
無意識にブレーキをかけたくなる自分がいました。
そんな自分を見つめてみたら、
「なくなることへの恐れ」をもつ自分に気づいたのです。
さらに見つめていくと、
「なくなることを恐れているということは、
"どんな出来事も必要だから起きている。"
ということを信頼できていない自分なんだ。」
ということに気づいたのです。
それは面白くないじゃないか!!
恐れが自分に諦めを生み、
中途半端な選択をしようとしている自分がいました。
Sangoには理念という光がある。
そこに向かって日々を確実に一歩一歩、歩んでいる。
いままでも7年間ずっと、
様々な試練を乗り越えて歩んできた。
そんな自分たちを、Sangoを、
そして宇宙をもっと信頼しよう。
そう思い至り、
ブレーキを手放す決断をすることができました。
中途半端を手放し、
深い関与へ飛び込むことができたのです。
自分の中に、
向かう先、目指す光を見出した瞬間から、
試されているのは信仰心。
試練を通じて恐れを乗り越えるたびに、
内なる光は大きくなっていく。
また1つ、
自分の恐れに気づき、信じる心を育むことができました。
今日も気づきに感謝です。
まるっ!!