こんばんは。
エンパス男子の大北です。
沖縄にあるコミュニティ"Sango"に所属し、
安心の中で喜びを分かち合える、
そんな暮らしの場を仲間とともに育んでおります。
その中で、Sangoファーム中城という畑の園主をしており、
薬や肥料を使わず、水やりもせず、祈りと喜びで畑を営む日々。
認められたい。
やってきたこと、歩んできた道、努力。
自分のやってきたことを認められたいという気持ちは、
誰にでもあるもの。
でもそれは同時に、
できなかった自分もまた認めて欲しいということであり、
結局のところ、
存在そのものを認めて欲しいということ。
更に言えばとどのつまりは、
自分が自分そのものを認めたいのだということなのです。
本日は、
心療内科でのカウンセリングの日でした。
発達障害の診断が決まり、
障害者手帳も発行されることが決まっておりますが、
当分は継続的にカウンセリングを受けることにしました。
というわけで、
お久しぶりのカウンセリング。
「今日はどんな要件でカウンセリングを受けにきましたか?」
と聞かれ、
何も考えてなかったので、
ここ最近で一番心が揺れて、落ち込んだことについて、
喋りました。
それが、
「自分がやってきたことを認めてもらえていなかった。」
という気持ち。
ずっと信じてやってきて、
理解してもらえていると思っていたことが、
実はそんなに理解されていなかった!
という出来事がありまして、
非常にショックを受けたわけでございます。
そのことについて、「何を感じたのか?」
出てくるままにカウンセラーさんにお伝えしておりました。
すると、
とても興味深いことに、
最初は、
「じぶんがやってきたことを認められていないこと」
にショックや悔しさがあったと伝えていたはずが、
途中からは、
「自分の発達障がい的な気質や苦手なこと」
を受け入れてもらえていない不安や恐れがある。
ということを伝え始めた僕がいたのです。
"自分のできたことを認めて欲しい"
と思っていたけど、
"自分のできないことを受け入れて欲しい"
という気持ちも同時に存在したのです。
つまりは、
ただありのままを認めて欲しいということ。
そんな話をしていたら、
思い出したことがありまして。
それが僕と祖父との関係性。
初孫であった僕は、
教師であった祖父から、
とても可愛がってもらっていて。
同時にとても期待されていたのです。
僕もまた「いい子」であったので、
期待に応えようと頑張って、
祖父が喜ぶような道を無意識に歩んでいました。
それを覆したのが、
新卒で入った仕事を辞めて、
沖縄に来てからで。
僕のその行動は、
祖父からは信じられないものであったので、
とても心配されていたのです。
祖父は僕に、
"大手企業への就職"を薦める手紙を、
たまに送ってきていました。
特に、
Sangoが発足した当初は、
とても心配していて。
「一体どんな会社で、何をしようとしているのか、
よくわからない」
と手紙で伝えられたのです。
(当時は僕も自分が何をしたいのかよくわかっていなかったから、
当然と言えば当然笑)
その手紙を読んで僕は、
「自分のことを認められていない」と受け取って、
お返事の手紙に一生懸命、
自分たちのやろうとしていることや、
功績について書いたものでした。
認められたいが故に、
"できている自分"風を一生懸命に見せていた僕。
でも、
本当に認めてもらいたかったのは、
できている僕ではなかったのです。
むしろ、
大手企業で働くことができない障害な自分。
今この道を歩むと決めた自分。
不器用なりにも一生懸命やっている自分。
シンプルに、
今ここで生きている自分そのものを、
認めて欲しかったのだと、
振り返って思います。
にも関わらず、
心配されるのが嫌で、
強がってしまったのは僕の方で。
ありのままを見て欲しいのに、
できる自分ばかり見せようとしているのは、
僕。
ということはつまり、
「できる自分じゃないとダメだ」と
誰よりも思っているのは僕自身だったのです!
目の前の人は自分の鏡。
相手を通じて気づいたことは、
自分ができない自分を責めていたこと。
そして本当は、
ありのままの自分を受け入れることを
心から望んでいるのだということでした。
とても有意義なカウンセリングの時間。
心から感謝です。
まるっ!!