こんばんは。
エンパス男子の大北です。
沖縄にあるコミュニティ"Sango"に所属し、
安心の中で喜びを分かち合える、
そんな暮らしの場を仲間とともに育んでおります。
その中で、Sangoファーム中城という畑の園主をしており、
薬や肥料を使わず、水やりもせず、祈りと喜びで畑を営む日々。
HSP、エンパス、発達障がい。
自分の気質を理解してくると、
その気質に対する”対処”もできるようになってくる。
でも気質に対する”対処”にこだわりすぎると、
自分の可能性を閉ざしてしまうこともあるのです。
先日の全体ミーティングにて。
議題を話し合い、
次にやる新しいことが決まりそうになった時、
議長の僕は言ったのです。
「では、それをやってみましょう。」
すると、
その"やってみる"という言葉について、
ある方から意見が上がったのでございます。
「そこは"やってみましょう"じゃなくて、
"やりましょう"でいいんじゃないか??」
「"やってみましょう"だと消極的に聞こえてしまう。」
とその方は伝えてくださったのです。
僕は当惑しました。
なぜなら、
僕にとって「やってみる」という言葉は、
自分を前に進める上で、とても大切な言葉だったから。
自身の気質として、
ええかっこしいな割に、プレッシャーに弱い僕。
今まで、「やります」と言うたびに、
やれなくてつぶれる。という経験をたくさんしてきたのです。
「やります。」と言ってしまうと、
その瞬間から「ぜったいにやらなきゃ!」「成し遂げなきゃ!」
というプレッシャーを自分にかけてしまう。
そしてそのプレッシャーに押しつぶされ、
やりたくなくなり、結局やらずじまい。
どんどん後回し。
でも、
「やります」と宣言したこと自体は覚えているので、
やらない自分をどんどん責める。
"やりたくない気持ち"と"自分責め"の間でせめぎ合い、
自己肯定感をボロボロにしてしまう。
そんなことを、
たくさん繰り返してきた僕がいたのです。
そんな僕が活路を見出したのは、
「やってみよう」という言葉。
全部実験だから、まずやってみよう。
失敗してもいいから、とにかくやってみよう。
「やってみよう。」という言葉の軽さに出会った時から、
自分を優しく前に押し出せるようになりました。
もちろん失敗することもあったけど、
やれた自分に○ができて、失敗も次の糧となるから、
とても軽やかな気持ちで前に進むことができたのです。
僕のような完璧主義アスペちゃんには、
「やります」よりも「やってみます」の方が、
合っている。
それが僕の気質への"対処法"だと、
僕は受け取っていたのです。
だからこそ僕は困りました。
「やりましょう」という言葉は、
僕にとって鬼門・・・!!
ゆえに僕は、
「その言葉は使いたくない。」
「宣言しても、プレッシャーでつぶれてしまう。」
と主張したのです。
そこから議論は巻き起こり、
なかなかの平行線に。
そこにもこさんも加わり、
色々な話をする中で、
はたと気づいたことがありました。
僕、自分の可能性を諦めてない??
「やります。」という言葉についての、
過去の失敗の数々。
それが辛くて嫌だったから、
また同じことを繰り返したくない。
そんな恐れの気持ちが、
僕の可能性を狭めている。
あの時の僕は、
自分への肯定感が低かったから、
”自分はできない”という気持ちが強すぎて、
「やります」という言葉に負けてしまった。
負けてしまったからこそ、
生まれた発想が「やってみます」という"対処"。
でもあれから月日を経て、
「やってみます」をたくさんやれたことで、
自分への肯定感を高めてこれた。
今の僕なら、
「やります」を超えることが
できるかもしれないじゃないか。
にもかかわらず、
「やってみます」にこだわり続けているとしたら、
それは"過去の自分"のままでいるということ。
"自分なりの対処" に固執することで、
新しい自分への可能性を閉ざしてるやん!
ならば、どうする??
やりましょう!
「やってみます」は実験済みなので、
つぎは「やります」の効果性を実験だ!
自由へと向かう道は、
過去の自分(=恐れ)を手放し、
新しい自分へ歩むこと。
また一つ、チャレンジでございます。
気づきを与えてくれる先輩がいてくれて、
本当にありがたいです。
今日も気づきに感謝です。
まるっ!!