あるがままに生きるために〜HSP男子の自分研究帖〜

沖縄にある霊的成長を実験するコミュニティ“一般社団法人Sango”のスタッフ大北のブログ。HSP・アスペルガー・性別違和症候群などの特質を持つ僕が、あるがままに生きるために、日々自分を研究し、気づいたことを書き記しております。敏感男子、ただいま地球に適応中٩( 'ω' )و

【気づく】あの日の悔しさに気づき、自分への信頼を思い出す。

自分が心の中で囁いている悪魔の言葉たち。

 

それを書き出すワークをやってみた。

 

僕はとても無能感が強く、

「死にたい。」とよく思う。

 

だから、

自分の心の中の言葉を書き出しても、

 

「もうダメだ。」「悲しい。」「やる気が出ない。」

といった諦念や悲しみに満ちたものになると思っていた。

 

 

でも実際に書いてみたら、

出てきたのは全く違う言葉たち。

 

「クソッ!」

「あいつには言われたくない!」

「負けたくない!」「バカにしやがって!」

 

誰かに向けた罵詈雑言の言葉たちが、

心から溢れてきたのだ。

 

100個書いたうちの9割は

他人との比較に生きる劣等感・悔しさ・怒り。

 

悔しさがこんなにも自分の中にあったなんて、

僕は気づいていなかった。

 

自分の中の「死にたい」はたくさん掬い上げてきた。

だから想いが薄くなってきているのだろう。

 

でも僕は、

「自分の中の悔しいという感情には、

ずっと蓋をしてきたのではないか?」

 

そんなことを感じ、改めて自分を見つめ直した。

 

 

子供の頃の記憶の中で、

最も封印されている記憶がある。

 

それは、

母に怒られた記憶。

 

子供の頃のことは、

断片的にわりと覚えている方だけど、

 

母に怒られたことについては、

3つくらいしか覚えていない。

 

そして、どんな理由で怒られたか、

はっきり覚えているものは皆無だ。

 

でも、妹に言わせると、

僕はとてもたくさん母に怒られていたらしい。

 

大人になって、妹にそう言われて、

僕はとても衝撃的だった。

 

怒られた記憶は、

自分の中で抑え込んだ記憶なのだ。

 

そして僕は、

その理由を今まで勘違いしてしまっていた。

 

 

幼い頃から、

「いい子でいなくては!」という思い込みが強かった僕。

 

 

naturalhspman.hatenadiary.jp

 

 

だから僕は、怒られたことに対して、

「自分は悪い子なんだ。」とショックを受けていたのだと思っていた。

 

自分に対して落胆し、自分を罰する。

 

怒られるたびに、

「いい子でない」という罪悪感を感じていたと、

思い込んでいた。

 

でもそれだけではなかった。

 

蓋をしていた感情と、

封印された記憶が結びつく。

 

 

そう。僕は悔しかったのだ。

 

怒られた自分が、

とんでもなく悔しかったのだ。

 

 

 

4歳の時、

今の実家に引っ越すまでの僕は、

はっきり言ってかなり天才だった。

 

記憶力もよく、運動もでき、

子供ながらのリーダーシップも発揮していた。

 

幼き僕は、

周りの友達たちのガキ大将だった。

 

しかし、引っ越しを境に、

僕の性格は大きく変わる。

 

アスペルガーであるが故に、

初めての環境に戸惑い、

 

今までできていたことが、急にできなくなっていった。

 

初めての幼稚園。

初めての友達。初めての遊び。

 

古巣では天下人だった僕も、

そこではただの新参者。

 

すでに出来上がったコミュニティに馴染むために

子どもながらに必死だった。

 

なぜか運動もできなくなり、

いつでも泣いてばかりで、

 

友達たちの中で、どんどん自分を小さくしていった。

 

さながら没落貴族のような、自己卑下だ(笑

 

おかげさまで友達には恵まれたが、

運動音痴になった僕は、

 

いつだって友達の足を引っ張り、

申し訳なさでいっぱいだった。

 

 

でもそれだけではない。

やっぱり悔しかったのだ。

 

前はあんなにちやほやされたのに、

ここではこんなに下にいる。

 

大好きな親に叱られる。

 

友達たちに笑われる。馬鹿にされる。

 

体育、音楽、図工、算数、国語、理科、社会、

どんなことにも上には上がいて、

絶対に僕は叶わない。

 

でも、

「いい子」でいないと愛されない。

ここにはいられない。

 

だから僕は、

自分の悔しさを抑え込んで、いい子に徹した。

 

悔しくても、腹が立っても、

時に笑い、時には泣き、時に黙り、

穏便に済ませるように努めてきた。

 

周囲との平和を最優先してきた。

 

しかし、

僕の心は全く平和ではなかったのだ。

 

そんな抑え込んだ悔しさは、

消化されず、心の中に残り続けた。

 

くすぶった火は、何年も薪をくべられ、

今もなお、この身を焼いていたのだ。

 

 

消化されなかった悔しさは、

その炎をぶつける対象を探し続ける。

 

上から目線でものを言う人、

僕の意見を受け入れてくれない人、

僕よりも上手にできることがある人。

 

そんな人たちを見ると、

過去の悔しさが呼び起こされる。

 

「バカにしやがって。」「あんなやつに負けたくない。」

「言われっぱなしは悔しい。」

 

そんな感情が沸き立ち、

嫉妬と怒りを目の前の相手にぶつける。

 

なんとか相手を打ち負かそうと、

自己正当化を繰り返す。

 

自らの身を焼く炎で、周りにも燃え移らせる。

 

そんなことが、

Sangoの中でもよくあった。

 

 

でも、今ならわかる。

 

目の前の人に、

怒りを嫉妬をぶつけたいのは、

今ここにいる僕じゃない。

 

没落貴族になってしまい、

プライドがズタズタになってしまった過去の僕なのだ。

 

 

悔しさを感じる僕は、

過去をずっと生きていたのだ。

 

あの頃の傷を埋めたくて、

埋めてくれる事情や相手を探し続けていたのだ。

 

 

そしてさらに気づく。

 

あの頃僕が悔しかったのは、

親のせいじゃない。友達のせいじゃない。

 

僕が悔しかったのは自分自身に対してだ。

自分を諦めてしまった自分が悔しかったのだ。

 

「自分にはなんでもできる」

そう信じていたはずなのに、

 

環境が変わり、友達が変わり、

戸惑い、失敗して、恥をかくうちに、

 

「自分じゃダメなんだ。」「自分にはできない。」

そう思うようになってしまった。

 

誰よりも僕が、

「なんでもできる」と信じていた僕を信じず、

自分に正直に生きることを諦めてしまった。

 

それがどうしようもなく悔しかったのだ。

 

 

それはつまり僕の中には、

ずっと信じて待ってくれている僕がいる。

 

「僕ならできる。」「諦めるにはまだ早い。」

僕の可能性を信じ、伝え続けてくれている僕がいるのだ。

 

今やっとそのことに気づくことができた。

 

 

身を焼くほどの悔しさがあったから、

 

僕は僕を諦めず、

自分の正直を伝えれるようになってきた。

なんでも器用にこなせるようになってきた。

僕の可能性を信じてくれる仲間に囲まれる今がある。

 

そして今また一つ、自分に気づけた。

 

素晴らしく嬉しい日々。

 

今日も気づきに感謝です。

 

まるっ!

 

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僕の大好きな漫画。最新刊を読み、頬を打たれたような衝撃が走り、気がつけば泣いていた。

怒りに身を燃やすこの物語に、たくさんのヒントをいただきました。感謝です。