あるがままに生きるために〜HSP男子の自分研究帖〜

沖縄にある霊的成長を実験するコミュニティ“一般社団法人Sango”のスタッフ大北のブログ。HSP・アスペルガー・性別違和症候群などの特質を持つ僕が、あるがままに生きるために、日々自分を研究し、気づいたことを書き記しております。敏感男子、ただいま地球に適応中٩( 'ω' )و

【気づき】それぞれの願い

今日は、

またひとつ大きな霧が晴れた。

 

そんな大切な気づきの日。

 

 

素直じゃない。

本音じゃない。何か隠している気がする。

 

そんな波動に触れた時、

とても寂しい気持ちと、

怖い気持ちが押し寄せる。

 

僕のこの気持ちはどこからくるんだろう??

 

自分の内側を見つめてみた。

 

 

思い当たるのは、

母が闘病中の頃のこと。

 

母は白血病で、

7年間の闘病生活の末、

僕が20歳の時に光に還った。

 

母の病気が発覚したのは、

中学2年生の頃。

 

当時は、

白血病という病気の意味がわからず、

母が死に至る可能性があるなんて、

思ってもみなかった。

 

 

入院している母が、

無菌室に入っているのをみた時、

ただ事ではないということを知り、

ショックを受けた。

 

それでも母は、僕や妹の前では、

どんな時も気丈に振る舞った。

 

愚痴や不安をこぼすことはほとんどなく、

強く優しい母であり続けた。

 

そんな母の姿に、

当時の僕は救われていた。

 

母は大丈夫、絶対病気は治る。

自分に言い聞かせることができた。

 

でも同時に、

そんな気丈な母の姿が寂しくもあった。

 

なぜなら僕は知っていたから。

 

僕も妹も寝床に入っている時に、

父に泣いている母の姿を。

 

祖父(母の父)と父にだけは、

怒りをぶつける母がいることを。

 

 

僕の知らない不安や葛藤が母にはある。

 

でも、

母がその感情を僕には見せてくれない。

 

僕にはそれがとても寂しかったのだ。

 

そして、

「僕は母の支えになれていない。」

心のどこかでそんな思い込みを育むようになった。

 

 

今僕が、

本音じゃない言葉や波動に触れた時、

怖くなったり寂しくなったりするのは、

 

その当時の寂しさや無力感、

そこから連想される母の死を思い出すからだと、

今朝気づくことができた。

 

 

 

母が光に還る直前。

 

夜、病院のベッドで、

意識不明の母のそばに、

つきっきりだった僕。

 

ずっと主治医を担当してくれていた先生が、

病室に来て、僕のそばで母を見ながら言った。

 

「君のお母さんはね、ずっと家族のために頑張ってたんだよ。

一時外泊の時も、退院した時も、

休むんじゃなくて、家事をしてたでしょ。

 

君が大学受験の時も、

できるだけサポートしたいって言ってね。

 

ほんとは入院する必要があるのに、無理してギリギリまで伸ばしたんだよ。

僕は止めたんだけどね。僕の人生で一番喧嘩した患者さんだよ笑

 

君のお母さんは本当に強いお母さんだね。」

 

 

僕はその言葉を聞いて涙した。

 

僕たちのためにずっと頑張ってくれた、

その愛への感謝の気持ち。

 

「僕は、母さんが生きててくれるだけでよかったのに。」

という寂しさの気持ち。

 

その両方があった。

 

そしてその寂しさの気持ちは、

ずっとずっと残り続けた。

 

 

その後、

紆余曲折を経て、沖縄に来て、

魂の世界に出会った。

 

「喜びに生きる」ことが、

僕にとって何より大切なこととなり、

 

病気を作り出しているのは、

自分の想い・感情なのだと知った。

 

naturalhspman.hatenadiary.jp

 

 

それを知ったことから僕の中で、

母が身を粉にして頑張ったことに対する、

寂しさの気持ちは無意識に強くなった。

 

あの時、母が無理しなければ。。。

もっと僕が家事を手伝っていれば。。。

母が自分の想いを手放すことができたら。。。

僕が母の恐れに気づいていたら。。。

 

もしかしたら、

母は今も生きていたのではないのか?

 

そう思うと余計に寂しく、

自分を責める気持ちにもなった。

 

何度もなんども気持ちを切り替えても、手放しても、

心のどこかでそんな気持ちが残っていた。

 

 

 

でも、

今日の朝の申し送りで、

仲間が僕に伝えてくれた一言が、

新しい光を僕に示してくれた。

 

「やっぱり男の子はお母さんの力になりたいって思うんだよね。

その気持ちすっごくわかるよ。

 

でも私はお母さんだから、(彼女は息子が二人います。)

あなたのお母さんの気持ちもすっごくよくわかるなぁ。

 

やっぱり親は、

子供たちに申し訳ないって気持ちも、

不自由ない生活をさせてあげたいって気持ちも、

絶対感じちゃうと思う。」

 

その言葉を聞いて、ハッとした。

 

 

 

人にはそれぞれの願いがあるんだ。

 

子供である僕の願いは、

「僕たちのために無理をしなくていい。

母に長く生きていて欲しい。」

だった。

 

でも、母の願いは、

「子供たちに幸せになって欲しい。

だから病気の私であったとしても、そのために力になりたい。」

だったのだ。

 

ゆえに、

子どもたちの前では気丈に振る舞い、

僕たちが不自由なく過ごせる環境を、

入院中も退院中も整え続けてくれた。

 

当時僕には、

母がいない寂しさはあった。

 

でも不自由さを感じたことは、

ほとんどなかった。

 

そのくらい、

母も父も一生懸命家族を守り続けてくれたのだ。

 

 

望むもの。

うちに秘めたる願いはそれぞれ違う。

 

僕の願いは僕のものだ。

 

その願いを母に託そうとするのは、

僕の期待であり、母への押し付けでもある。

 

 

母には母の願いがあったのだ。

 

 

もちろん母は、

生きるために一生懸命だった。

 

でもそれと同時に、

僕たちのためにも一生懸命だった。

 

無理してでも、命を燃やしてでも、

守りたいもの、叶えたい願いが、

母にはあったのだ。

 

 

そして今日も僕たちは、

元気に笑って生きている。

 

喜びに向かって、

日々試行錯誤を楽しんでいる。

 

かくして、

母の願いは現在進行形で叶っているわけだ。

 

すごいよ、母ちゃん!!

 

 

 

人にはそれぞれ願いがある。

 

どんなことを想い願うも、

個々人の自由だ。

 

それがたとえ

無謀であっても、偽善であっても、

自己犠牲であっても、

 

その願いが本人にとって美しく、

そうありたいと願うものであれば、

 

どんな願いも間違いではないし、

宝物なのだ。

 


【セリフ入りMAD】Fate/stay night『君の神様になりたい。』 ─答えは得た。士郎/エミヤ

 

 

だから僕は今日も、

自分の喜びを願い、行動する。

 

そして、

母に感謝し、平安を祈るのです。

 

本当にありがとう。

 

今日も気づきに感謝です。

 

まるっ!!

 

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