あるがままに生きるために〜HSP男子の自分研究帖〜

沖縄にある霊的成長を実験するコミュニティ“一般社団法人Sango”のスタッフ大北のブログ。HSP・アスペルガー・性別違和症候群などの特質を持つ僕が、あるがままに生きるために、日々自分を研究し、気づいたことを書き記しております。敏感男子、ただいま地球に適応中٩( 'ω' )و

最期の誕生日

こんばんは。

アスペルガーHSP男子の大北です。

 

誕生日までいよいよ、

あと一週間。

 

誕生日前は、

誕生日にまつわる、

様々なことを思い出す。

 

今日思い出したのは、

母が亡くなる前の、

僕の最後の誕生日。

 

20歳の誕生日のこと。

 

当時、

母は入院中だったので、

 

僕の誕生日会は、

病院の待合スペースで、

家族が開いてくれた。

 

僕の大好物だった、

鳥と野菜の煮物を、

タッパーに作ってくれて、
待合室のレンジでチンして食べた。

(母が作ってくれたのか、母のレシピに従って、父が作ってくれたのか?
もうよく覚えていない。)

ケーキも食べた記憶もある。

誕生日プレゼントは、
フラガールのDVDの特別版だった。
フラガールは、僕が生まれて初めて号泣した映画。)

誕生日プレゼントなるものを、
親からもらったのは久しぶりで、
とてもとても嬉しかった。



病院の待合室での誕生日会なんて、

一見寂しそうだけど、
とても暖かくて嬉しい時間だった。

 

暖かいご飯が食べれて、
家族といつも以上に近い距離で話せて、
これまでの誕生日にないくらい、
心がホカホカ暖かかった。

30年生きてきて、
これだけ鮮明に記憶に残っている誕生日は、
数少ない。

そのくらい特別だったのだ。

 


そんな誕生日を今朝、

ふっと思い出した。

 

そして、

はっと気がついた。

 

「僕は幸せだったのだ」

ということに。



自分の過去を振り返り、

たくさん自分の傷に寄り添ってきた。

いい子になりたかった僕は、

怒りや悲しみなど、

いろんな感情を過去に置いてけぼりにしてきた。

 

だから、

そんな感情一つ一つに気づいて、
涙した。

 

なくなった母に対しても、

怒りや後悔の感情もたくさん出てきた。

 

そんな気持ち一つ一つに気づいて、

手放していった。

 

そしたらいつしか、

感謝の気持ちが生まれてきた。

 

naturalhspman.hatenadiary.jp

 

傷と向き合う頃は、

家族に対するイメージも、

自分に対するイメージも、

まっくろくろすけで、

自分も家族も嫌いになった時期もあった笑

 

 

でも、

回り回って一周して、

 

やっぱり僕はこの家族で、

幸せもたくさん感じてたのだ。

 

 

大人になって、

冷静になってみると、

 

当時の自分たちの中に

様々な癖や感情があって、

 

ボタンの掛け違いや、

間違ったこともたくさんあったように思う。

 

でも、

母はとても一生懸命生きていた。

父も僕も妹とても一生懸命生きていた。

 

そうやって、

僕たちなりに力を合わせて、

助け合ってきた。

 

そんな家族が、

僕は大好きで、幸せを感じていたのだ。

 

 

 

母は最後まで命を燃やして、

生ききった。

 

残った僕たちは、

みんなそれぞれの場所で、

今も一生懸命生きている。

 

過ちや、ずっこけることがあっても、

一生懸命自分を生きている今がある。

 

それは素晴らしいことじゃないか!!

 

 

今日も一生懸命生きた自分と、

繋がっている大好きな家族に感謝。

 

 

台風が本土にやってきますね。

 

本土の皆様の平安無事を祈っております。

 

まるっ。

 

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