あるがままに生きるために〜HSP男子の自分研究帖〜

沖縄にある霊的成長を実験するコミュニティ“一般社団法人Sango”のスタッフ大北のブログ。HSP・アスペルガー・性別違和症候群などの特質を持つ僕が、あるがままに生きるために、日々自分を研究し、気づいたことを書き記しております。敏感男子、ただいま地球に適応中٩( 'ω' )و

【気づき】心の裡を丁寧に整理する

「感情をどう処理したらいいのかわからない。」

ふと口をついて出たそんな言葉。

 

自分の感情を抑えたとしたら、

周りの人に痛みが伝わる。

 

だからといって、

自分の感情を素直に伝えると、

周りの人に混乱が伝わり、場が荒れるかもしれない。

 

伝えなくても影響があって、

伝えても影響があって、

 

「じゃあどうしたらいいんだー!!」

となった本日(笑

 

 

 

そもそもの原点に立ち返る。

 

感情は「処理」するものなのか??

 

自分の心から湧き出た想いは、

業務的にこなしていくものなのか??笑

 

 

感情は心のサイン。

 

気づかぬうちに、

散らかってしまった心という「お部屋」。

 

散らかってしまったのは、

無視してきた「想い」たち。

 

一つ一つが大切な想い。

 

するのは、

「処理」じゃなくて、「整理」だ。

 

一つ一つの想いと、

丁寧に向き合い、整理整頓。

 

「僕は何を言いたいんだろう?」

「いったい自分の何を無視してるんだろう?」

「見逃してしまった心の声はなんだろう?」

 

感情を掬い上げ、対話し、

棚にしまったり、手放したり。

 

心を整えることは、

自分を愛する丁寧な営みだ。

 

 

それを「処理」と思う僕は、

他人ばかり思い計ってる。

 

自分の想いが、

誰かに迷惑をかけないように。周りが怪我をしないように。

 

早く、迅速に、処理せねば!!

 

自分がどこか置いてけぼりだった!

というよくある癖。

 

 

そんな僕だけど、

今日は車を洗車した。

 

珍しくガソリンスタンドで。

 

洗車機で丸洗いして、

(あの時車の中にいるの、ドキドキするよね笑)

ピッカピカに吹き上げて、

100円掃除機で隅々まで吸い上げた。

 

今乗っている車を、

別の人に使ってもらうから、

綺麗な状態で引き渡そうと洗車しに来た。

 

でも、

一つ一つ丁寧に掃除するうちに、

車がピカピカになっていくことが嬉しくて、

 

最後の掃除機は徹底的に隅々までやった。

すごく気持ちが良かった。

 

 

この嬉しい感覚。

 

この感覚で自分の感情とも、

向き合ったらいいのだ。

 

心の隅々まで、

整理されていくことは嬉しい。

 

他人に影響を与える以前に、

自分にとって喜びなのだ。

 

想いが細かすぎて、整理しきれなかったら、

仲間に相談してらいい。助けてもらったらいい。

 

そうやって、周りの力も借りながら、

自分の心を喜びでピカピカにする日々なのです。

 

 

今日も気づきに感謝です。

まるっ!

 

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【畑】神様が畑をやるとしたら

神様が畑をやるとしたら、

どんな畑になるだろう?

 

最近よくそんなことを考える。

 

神様は、

万物に役割があることを知っている。

 

作物を育てるために、

薬も肥料も使わないだろう。

 

万物の創造主だから、

指をパチン!と鳴らすだけで、

種を芽吹かせ、花を咲かせ、

実りをもたらすこともできる。

 

何の苦労もすることなく、

一瞬で食べたい作物を、

実らせるかもしれない。

 

でも、待てよ。

 

それって楽しいだろうか?

 

目の前の生きとし生けるものたちの、

意思や尊厳を尊重しているだろうか?

 

せっかくあまねく数の命を創造したのに、

それぞれの意思を無視して、

自分勝手に操作してしまったら、

 

目の前の命はただの「物」で、

神様は一人ぼっちだ。

 

万物に命が与えられている。

呼吸をし、生きている。

 

仮に神様がそれらを創造したのであれば、

そこには必ず意味がある。それぞれの役割がある。

 

だとしたら、

神様はその役割を無視するような行いはしないだろう。

 

 

じゃあ、神様が畑をやるとしたら、

目の前の畑に対して神様は何をするだろう?

 

神様ならきっと、一緒に遊ぶ。

 

畑の微生物、土、植物たち、虫や鳥、

それぞれの役割を担った意思を持つ仲間たち。

 

たくさんの友と一緒に、

楽しくお話しするだろう。

 

元気に育ってる子には、

「ありがとう」って伝え、

 

なかなか育ちづらそうな子には、

「大丈夫。君ならできるよ。」って伝え、

 

虫や鳥さんには、

「僕も食べたいから分け合いっこしようね。」とやり取りし、

 

完璧な自然のリズムの中で、

その音に身を委ね、楽しみ、

自然の一部となって踊るだろう。

 

すべてに役割と意味があることを知っているから、

どんなものも敵としない。

 

ただ喜び、ただ楽しみ、

感謝の意を伝える。

 

それが神様のあり方としての、

今日の僕の答え。

 

 

そもそも自然はそれだけで完璧だ。

 

成長と衰退を繰り返し、

大きなリズムの中で、

循環している。

 

何の手を加える必要もない。

 

だとしたら、

人間の役割は何だろう?

 

人は自然の中で、

どんな役割を担っているのだろう?

 

ずっと僕はそれを探求しながら、

畑をしている。

 

そして傲慢かもしれないけれど、

僕はこの畑で、

「神様がやる畑」を目指してる。

 

完璧とは程遠い、

愛おしきポンコツな僕だけど、

 

技術や方法を駆使し、

コントロールするのではなく、

ただ一緒に遊ぶ。

 

完璧なリズムの中で、

共に楽しみ、声がけし、

励まし、喜び、感謝を伝える。

 

祈りをもって、一つとなる。

 

そんなあり方を実践すべく、

毎日実験中の日々なのです。

 

今日も畑仕事が楽しかった。

 

気づきに感謝です。

まるっ!

 

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実験的にこっそり畑の日々のキロクをつけ始めました。

あくまで個人的なメモ書き。畑でやったこと、考えていることを好き勝手に書いております。人が読んで面白いかわかりせん。これも僕の頭の中を開けっぴろげにする実験。

naturalhspman.hatenablog.com

【気づき】気がつけば、ずっと一人。

先日、ゆりさんに伝えてもらって気づいた。

 

僕、めっちゃ一人で生活してる!

 

この自粛期間、

人との接触がまるでない(笑

 

毎朝仲間との申し送りのために、

Line通話でやり取りする以外、

人とほとんど接触しない毎日。

 

たまに電話でやり取りするか、

買い出しに行くときくらいしか、

コミュニケーションがない。

 

そんな生活が当たり前になっていたから、

言われるまで気がつかなかった。

 

 

人との関わりがほとんどないこの期間。

育まれていくのは、自分で選ぶ力。

 

1日の流れを、

ほぼ全部1人で決める。

 

生かすもサボるも全部自分次第だ。

 

そんな日々が続いて行く中で、

自分を生かす選択が着実に増えていっている。

 

自分を大切に一日を過ごせるようになってる!

 

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自分のためにご飯を作り、

自分のために掃除をし、

自分のために畑に出て作業する。

 

 

共同生活していた頃は、

一人の時間はサボる時間になりがちだった。

 

周りに合わせて、

「しなきゃいけない。」で動いていたのだ。

 

だから反動でサボりたくなって、

グダグダしていた。

 

最近は、

サボろうとしている時の方が、

なんだか居心地が悪い。

 

動いていること、できていることを

嬉しい!と感じる機会が増えている。

 

 

人間って不思議だ。

 

サボることが大好きで、

グータグータラしてた僕。

 

この畑で一人暮らしを始めた頃は、

サボりたい衝動に駆られて、

結構グダグダしてた僕がこんなに変化するなんて。

 

子供の頃は、

宿題してるふりして遊んでばかりいた。

 

夏休みの宿題に取り掛かるのは、

夏休み終わってからだった。

 

そんな僕が、何かをすることに対して、

こんなに前向きになる日が来るなんて。

 

目の前のやることが、

しなければならない「義務」や「宿題」

から

自分を大切にする「喜び」「遊びに」

へと変わってきている。

 

サボり屋な自分を責めて、

無理やり自分を変えようとしても、

変化することはできなかった。

 

でも今、安心と自由の中で、

自分と向き合い続けていたら、

いつのまにか自然と自分が変化している。

 

ゆっくりじっくりではあるけれど、

着実に変化している。

 

 

Sangoは共同生活を営んでいると言っているのに、

僕は畑で一人生活(笑

 

Sangoで最も人と関わらない男なう。

 

これも僕に必要な訓練の機会なのだ。

 

この生活の中で、

こんなにも自分が育まれている。

 

 

そしてまた新しい自分で、

人と共創していく機会が、

もうすぐ与えられようとしている。

 

何事も用意されている。

 

だから人生に身を任せ、

今日も明日も楽しみませう。

 

本日の気づきに感謝です。

まるっ!

 

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【気づき】創造性のど真ん中へ

『遺伝子易経』が僕に伝えてくれる。

(今日は8番)

 

遺伝子易経

遺伝子易経

 

 (Sangoで扱っている学びの教材なのです。)

 

「独創的なスタイル」を持つ僕の創造性は、

社会に対して反逆的だそうな。

(社会に対して反逆した覚えなんてありませんけども!笑

盗んだバイクで走り出したことなんてありませんけども!!笑)

 

基本的に社会に受け入れられるまで時間がかかるし、

死ぬまで受け入れられないかもしれないって!笑

 

でも当人にとっては、

成功しようが失敗しようが、周りから評価されようがしまいが、

そんなことはどうでもよくて、

 

ただ創造できていることそのものが喜びだそうな!

(今日はテンション高め笑)

 

 

それが僕の個性だと、

この本が教えてくれたのです。

 

とっても勇気をもらいました。

 

 

そう。大切なのは勇気。

 

周りがなんと言おうとも、

自分を信じ、清水寺の舞台から飛び降りる覚悟。

 

文章を書くとしても、

周りの目を気にして恐れている場合ではない。

 

ただ心から溢れでるパトスをぶつけるのだ。

 

 

誰よりも僕が、

「これは美味しい!」と自信をもって言える。そんな一皿を出すように。

 

「これが僕の喜びだ!」と言えるような創造をする。

そんな生き方。そんな表現。そんな文章。

 

 

なりふり構わず、

今、創造性のど真ん中へ。

 

ここから満月に向かっての、

新たな挑戦です。

 

今日も気づきに感謝です。

まるっ!!

 

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【パートナー】一人を大切にできて初めて、二人も大切にできる。

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パートナーのゆりさんとの別居生活が始まって、

約4ヶ月。

 

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もう4ヶ月か!!と驚き。

 

1人の生活にも慣れてきて、

生活の場にも様々な変化がありました。

 

最近は部屋の整理をしました。

別居して以降、初めてのこと。

 

今までは、ゆりさんが色々試行錯誤して、

空間を作ってくれていました。

 

あらゆるものにキャスターがついていて、

かなり使いやすかったです。

 

でもずっと物の配置がそのままになっていて、

別居以降に新しくやってきたものが、

適当に置かれていました。

 

なので、

まだ引っ越せてないゆりさんの私物を一箇所にまとめ、

ニューカマーたちを収め、

自分が使いやすいような部屋の配置を整えてゆきました。

 

二人の部屋から、一人の部屋へ変化したのです。

 

空間がびっくりするくらい広くなりました。

 

 

次に、

料理のレパートリーを増やし始めました!

 

一人になってから、

正直料理についてはかなり雑でした。

 

作業することが優先で、

料理は同じメニューのルーティーン。

 

そんな自分に飽きてきたので、

自分のために新しい料理にチャレンジしました。

 

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生まれて初めて、

ハンバーグや天津飯を作りました。

 

自分で作るご飯はやっぱり美味しいです。

 

最近は常備菜に注目しています。


【体が喜ぶ9品】発酵活用作り置きをどんどん作る【腸活】【美腸】

 

Youtubeさまさまです。

 

二人から一人に変わり、

生活が全部自分の責任になり、

 

最近やっと、

その一人も大切にできるようになってきたわけです。

 

物事が少しマメになり、

 

 

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今までとっても苦手だった、植物の水栽培。最近は毎日お水を代えることができるようになりました。

 

そんな中、

今日久しぶりにゆりさんが畑に遊びにきました。

 

部屋や畑の変化、僕の変化を、

とても喜んでくれました。

 

とても嬉しかったです。

 

「前は変化することで戸惑わせてしまうのではないか?」

と僕はどこかビクビクしておりました。

 

ゆりさんの私物を移動させることも、ドキドキでした笑

 

でも離れる時間があったから、

お互いの距離感がわかり、

お互いの変化を喜び合えるようになったのだと感じます。

 

久しぶりに、人にご飯を作りました。

 

やっぱり人に作るご飯は、

自分で作るよりさらに丁寧になります。

 

いつも作らない副菜を作ったり、

盛り付けを丁寧に彩ったり、

ダシを丁寧にとってみたり。

 

大切にしたいという気持ちが、

一つ一つの行動を丁寧にしてゆきます。

 

そんな自分がとても嬉しいです。

(最近見たキムタク主演の三ツ星シェフのドラマ、『グランメゾン東京』の影響も大きいです笑すごく面白かったし、感動したし、料理がマジで美しかった!)

 

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(食後はダルゴナコーヒーなるものを作って、飲みました。)

 

別居したての頃は、

一緒にいたら狭い!と感じていたこの空間も、

なぜか今日はそんなに気になりませんでした。

 

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少しお出かけして、色々な話をしました。

 

自分の話を聞いてくれる人がいること、

ありがたいです。

お互いの変化を感じれたことも嬉しかったです。

 

 

畑で一人暮らしになって、もちろん寂しい!

 

でもこの時間があったから、

僕は自分にさらに責任が持てるようになり、

自分を大切にできるようになりました。

 

自分の空間、自分のペース、自分の距離感、

一つ一つ自分に対する理解を深め、

 

自分で自分を喜ばせるレベルが、

また少しずつ上がってきています。

 

 

一緒に生活をしていた頃は、

自分を喜ばせることもどこかゆりさん頼みになっていて、

 

わかってくれるだろうと勝手に期待して、依存して、

距離感や言動が丁寧じゃなかった。

 

でも今は、自分で自分を大切にできてきているから、

ゆりさんとの二人の時間も大切にできるようになってきたのです。

 

一人を大切にできて初めて、

二人も大切にできる。

 

そのことに気づくことができた今日でした。

 

今日も気づきに感謝です。

 

まるっ!!

 

 

 

【書くこと】この実験の原点に立ち返る。

前にも触れましたが、

自分の書く文章に変化を感じています。

 

自分の内面の深い部分を、

また表現できるようになりました。

 

より奥深く、

そしてより流れるように。

 

文章が淀みなく出てくるのです。

 

 

すると同時に、

自分の中から恐れが出てきます。

 

僕を置いてけぼりにして、

言葉だけが一人歩きしてしまいそうな、

そんな恐さが出てきたのです。

 

あまりにも流暢に言葉が流れるものだから、

自分の等身大とかけ離れていってしまいそうな、

カッコばかりを取り繕って、嘘をついてしまいそうな、

そんな感覚に陥ります。

 

 

そんな時、改めて、

僕は何のために文章を書いているのか?

を自分に問うわけです。

 

僕は、

自分のために文章を書いていたはず。

 

書くことで自分が整理されるし、

表現できていることは自己肯定につながる。

 

書くことそのものが自分の喜びになっている。

 

しかし、不思議なもので、

我ながらとても素敵な文章が書けると、

誰かに読んでもらいたくなります。

 

美味しいご飯が作れたら、

誰かに食べてもらいたくなる。

 

そんな感覚。

 

それ自体はとても純粋で、

美しいものだと僕は感じます。

 

しかし、

美味しいって言ってもらえたら、

たくさんの人に「美味しい」って言ってもらいたくなる。

もっと評価してもらいたくなる。

 

このあたりから、

ボタンのかけ違いが起こり始めます。

 

目立つように装飾を派手にしてみたり、

やたらと高級な食材を使うようになったり、

ウケのいいメニューばかり作ったり。

どうしたら評価してもらえるのか?を追い求めるようになる。

 

結果として、

形ばかりで、中身のない料理になっていく。

 

 

「評価」を軸にし始めると、

自分が何をしたかったのか?

どんどんわからなくなっていってしまうのです。

 

だから改めて、原点に立ち返りました。

 

 

僕は、

自分という最愛の友人を喜ばせたくて、

文章を書いているのです。

 

僕がたった一人、僕に届ける文章。

 

それがこのブログに書き続ける文章なのです。

 

そしてこのブログは、

僕が自分の最大の喜びを表現し続けた時、

一体この世界に何が起こるのか?

という実験なのです。

 

だから、

僕が評価を求めにいった時、

すでに実験が失敗しているわけです(笑

 

ただ自分の喜びと創造性を追求する。

 

その軸をしっかり持って、

自分の文章の進化に対する怖れを手放し、

自分を信じて、引き続き文章を書き続ける。

 

初心に帰った本日でございました。

気づきに感謝です。

 

まるっ!!

 

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( 全く同じようなことを1ヶ月半前に書いてたよ!笑 何度も試される癖ですな!)

 

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【気づく】あの日の悔しさに気づき、自分への信頼を思い出す。

自分が心の中で囁いている悪魔の言葉たち。

 

それを書き出すワークをやってみた。

 

僕はとても無能感が強く、

「死にたい。」とよく思う。

 

だから、

自分の心の中の言葉を書き出しても、

 

「もうダメだ。」「悲しい。」「やる気が出ない。」

といった諦念や悲しみに満ちたものになると思っていた。

 

 

でも実際に書いてみたら、

出てきたのは全く違う言葉たち。

 

「クソッ!」

「あいつには言われたくない!」

「負けたくない!」「バカにしやがって!」

 

誰かに向けた罵詈雑言の言葉たちが、

心から溢れてきたのだ。

 

100個書いたうちの9割は

他人との比較に生きる劣等感・悔しさ・怒り。

 

悔しさがこんなにも自分の中にあったなんて、

僕は気づいていなかった。

 

自分の中の「死にたい」はたくさん掬い上げてきた。

だから想いが薄くなってきているのだろう。

 

でも僕は、

「自分の中の悔しいという感情には、

ずっと蓋をしてきたのではないか?」

 

そんなことを感じ、改めて自分を見つめ直した。

 

 

子供の頃の記憶の中で、

最も封印されている記憶がある。

 

それは、

母に怒られた記憶。

 

子供の頃のことは、

断片的にわりと覚えている方だけど、

 

母に怒られたことについては、

3つくらいしか覚えていない。

 

そして、どんな理由で怒られたか、

はっきり覚えているものは皆無だ。

 

でも、妹に言わせると、

僕はとてもたくさん母に怒られていたらしい。

 

大人になって、妹にそう言われて、

僕はとても衝撃的だった。

 

怒られた記憶は、

自分の中で抑え込んだ記憶なのだ。

 

そして僕は、

その理由を今まで勘違いしてしまっていた。

 

 

幼い頃から、

「いい子でいなくては!」という思い込みが強かった僕。

 

 

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だから僕は、怒られたことに対して、

「自分は悪い子なんだ。」とショックを受けていたのだと思っていた。

 

自分に対して落胆し、自分を罰する。

 

怒られるたびに、

「いい子でない」という罪悪感を感じていたと、

思い込んでいた。

 

でもそれだけではなかった。

 

蓋をしていた感情と、

封印された記憶が結びつく。

 

 

そう。僕は悔しかったのだ。

 

怒られた自分が、

とんでもなく悔しかったのだ。

 

 

 

4歳の時、

今の実家に引っ越すまでの僕は、

はっきり言ってかなり天才だった。

 

記憶力もよく、運動もでき、

子供ながらのリーダーシップも発揮していた。

 

幼き僕は、

周りの友達たちのガキ大将だった。

 

しかし、引っ越しを境に、

僕の性格は大きく変わる。

 

アスペルガーであるが故に、

初めての環境に戸惑い、

 

今までできていたことが、急にできなくなっていった。

 

初めての幼稚園。

初めての友達。初めての遊び。

 

古巣では天下人だった僕も、

そこではただの新参者。

 

すでに出来上がったコミュニティに馴染むために

子どもながらに必死だった。

 

なぜか運動もできなくなり、

いつでも泣いてばかりで、

 

友達たちの中で、どんどん自分を小さくしていった。

 

さながら没落貴族のような、自己卑下だ(笑

 

おかげさまで友達には恵まれたが、

運動音痴になった僕は、

 

いつだって友達の足を引っ張り、

申し訳なさでいっぱいだった。

 

 

でもそれだけではない。

やっぱり悔しかったのだ。

 

前はあんなにちやほやされたのに、

ここではこんなに下にいる。

 

大好きな親に叱られる。

 

友達たちに笑われる。馬鹿にされる。

 

体育、音楽、図工、算数、国語、理科、社会、

どんなことにも上には上がいて、

絶対に僕は叶わない。

 

でも、

「いい子」でいないと愛されない。

ここにはいられない。

 

だから僕は、

自分の悔しさを抑え込んで、いい子に徹した。

 

悔しくても、腹が立っても、

時に笑い、時には泣き、時に黙り、

穏便に済ませるように努めてきた。

 

周囲との平和を最優先してきた。

 

しかし、

僕の心は全く平和ではなかったのだ。

 

そんな抑え込んだ悔しさは、

消化されず、心の中に残り続けた。

 

くすぶった火は、何年も薪をくべられ、

今もなお、この身を焼いていたのだ。

 

 

消化されなかった悔しさは、

その炎をぶつける対象を探し続ける。

 

上から目線でものを言う人、

僕の意見を受け入れてくれない人、

僕よりも上手にできることがある人。

 

そんな人たちを見ると、

過去の悔しさが呼び起こされる。

 

「バカにしやがって。」「あんなやつに負けたくない。」

「言われっぱなしは悔しい。」

 

そんな感情が沸き立ち、

嫉妬と怒りを目の前の相手にぶつける。

 

なんとか相手を打ち負かそうと、

自己正当化を繰り返す。

 

自らの身を焼く炎で、周りにも燃え移らせる。

 

そんなことが、

Sangoの中でもよくあった。

 

 

でも、今ならわかる。

 

目の前の人に、

怒りを嫉妬をぶつけたいのは、

今ここにいる僕じゃない。

 

没落貴族になってしまい、

プライドがズタズタになってしまった過去の僕なのだ。

 

 

悔しさを感じる僕は、

過去をずっと生きていたのだ。

 

あの頃の傷を埋めたくて、

埋めてくれる事情や相手を探し続けていたのだ。

 

 

そしてさらに気づく。

 

あの頃僕が悔しかったのは、

親のせいじゃない。友達のせいじゃない。

 

僕が悔しかったのは自分自身に対してだ。

自分を諦めてしまった自分が悔しかったのだ。

 

「自分にはなんでもできる」

そう信じていたはずなのに、

 

環境が変わり、友達が変わり、

戸惑い、失敗して、恥をかくうちに、

 

「自分じゃダメなんだ。」「自分にはできない。」

そう思うようになってしまった。

 

誰よりも僕が、

「なんでもできる」と信じていた僕を信じず、

自分に正直に生きることを諦めてしまった。

 

それがどうしようもなく悔しかったのだ。

 

 

それはつまり僕の中には、

ずっと信じて待ってくれている僕がいる。

 

「僕ならできる。」「諦めるにはまだ早い。」

僕の可能性を信じ、伝え続けてくれている僕がいるのだ。

 

今やっとそのことに気づくことができた。

 

 

身を焼くほどの悔しさがあったから、

 

僕は僕を諦めず、

自分の正直を伝えれるようになってきた。

なんでも器用にこなせるようになってきた。

僕の可能性を信じてくれる仲間に囲まれる今がある。

 

そして今また一つ、自分に気づけた。

 

素晴らしく嬉しい日々。

 

今日も気づきに感謝です。

 

まるっ!

 

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僕の大好きな漫画。最新刊を読み、頬を打たれたような衝撃が走り、気がつけば泣いていた。

怒りに身を燃やすこの物語に、たくさんのヒントをいただきました。感謝です。